Q
私の友人に、我流でトレーニングをしてる人がいます。
彼のトレーニングを見せてもらったことがあるのですが、
彼は、重量に応じた稼動域でトレーニングしていました。
つまり、彼にとって余裕のある重量で行う時は、比較的広めの稼動範囲を取っているのですが、余力の無い重量を扱う時は極めて狭い稼動範囲で行っていたのです。
何故、我流でやってる人が自然にトレーニングできるのに、お金を払ってトレーニングを学んだ人が不自然なことをしているのでしょうか?
A 鍛錬
いつも核心を突いた大変良い率直な御質問ありがうございます。
はっきり言って誰もが最初はそうです。腕立て伏せだって下せなくなるまで行うし、わざわざ一番下まで降ろしてからでから上がらなくなる様な事はしません。
バーベルだってまず下せるかどうかを考えて下すし、上がるかどうか分からないで下したりしません。高いところから飛び降りる時だって飛び降りる前に考えるはずです。
筋肉の緊張とは基本的に肉体を守るための保護本能が主体となっています。外部からの衝撃や負荷や攻撃に耐える為に働く保護本能とつなげて考えれば筋肉の緊張とはどの様な時に働くのかがよく分かると思います。
耐える時、逃げる時、守るとき、全てに筋肉の緊張が起こり肉体を強くして保護しようとします。それは反射的であり、自立的でもあり、本能的でもあります。それを無視して筋肉を鍛える事はありえないし、それらから外れた動作を強要すれば間違いなく怪我をします。また実質的な筋力の発揮など程遠い物になるでしょう。
いわばその保護的緊張を起す事自体が筋トレの基本と私は考えます。どのような種目でも完全な保護的筋肉の緊張を作り出す事を考えてトレーニングする事は怪我を避けてより効率よく筋トレを行う事において最重要点だと思っています。
だから私は無理な状態での筋力の発揮は絶対に進めないし、絶対にすべきではないと思っています。
筋トレフォームの基本は全てこの事柄に基づいて形成されていなければなりません。そして指導者はその事を理解した上で指導すべきです。
何故、我流でやっている人が自然にトレーニングできるのかは、本能に任せて行っているからです。
何故、トレーニングを学んだ人に教わる方が不自然になるのかは、根拠の無い事を鵜呑みにする事を学ぶと思っている人が多いからです。現在の多くの学問を学ぶ人は点数を上げる事がより学ぶ事と勘違いしています。試験自体も思考力よりも記憶力主体になっており、思考を停止させて記憶する事の方を優先させる現状があるからかもしれません。ある意味学ぶという事は思考を停止させ、詰め込む事は全て正しいと決め付け、記憶させているだけの人間が多いのでしょう。
間違いや勘違い、鵜呑みのトレーニングを学んだ人は真実に目を向けて思考を目覚めさせる事は可能です。今一度自分自身の考えが根拠の無い決め付けではないのか見直してください。
しかし、現在において独創的トレーニングを創作し指導をしているトレーナー達は絶望的です。
まずはっきりと言える事はその人達は自分が確証の無い嘘をついている事を知っているからです。トレーニングにおいて何処を初動と捉えるかなんて千差万別で決めようがありません。ホルモンの作用がどうだとしても筋トレフォームによって全く効果が違うのに、そのフォームの指導がまずありきだと思うのに、その種目やフォームについて凄く低いレベルなのに、その筋トレのやり方が二の次は無いでしょう。それだったら筋トレに繋げて商売しないで下さい。
私はその都度色々な○○理論や○○トレーニングについて質問をしてきましたが、筋トレの基本のフォームや知識とは無縁さに驚くばかりです。私はこの30年間今だのその様な色々なトレーニング方法を具体的に説明できる人に出会った事はありません。もしその様なものがあれば是非このサイトでリアルトレー二ーの為に発表していただきたいものです。それが素晴らしい物であれば私はもろ手を挙げて賛同します。
多くの指導者は勘違いや鵜呑みをしている人達である意味被害者であると思います。一生懸命学んできた事は理解します。だからこそ真実に目を向けて本当の筋トレの指導をしようではありませんか。小さなことからでいいです。間違っている事は間違っていると認め、小さなことでも分かった事だけを伝えていけばきっと積み重なっていくでしょう。頑張ってください、鍛錬はそんな人を全力で応援します。
嘘つきのトレーナーは残念ながらこの筋トレ界去ってください。私の愛する筋トレ界には嘘つきはいりません。もしこの世界にいるのであればその嘘を全て捨て去ってください。お願いします。